02
「…あれ?タクトさん?」
塾を終えて帰宅したレミくんに会えたのは、日付が変わる数時間前だった。
「どうしたんですか?なにか用事でも…?」
自宅前の塀に寄り掛かった俺が、とんでもなく奇異に見えるのか、レミくんの表情はどこか不安げだ。俺はそれが、なんとなく面白くて、…心地いい。
「んーや。たまたま近く通り掛かったからね。レミくんに会えるかなーと思って、一服してたとこ」
「…そうなんですか…」
安心させるかの様に微笑めば、レミくんもまた、はにかむ様に笑う。
真正面からそんなもの見てしまえば、俺の頬は意識せず緩んでしまう。
ねぇ、だいすきな恋人さん。
その笑顔は、俺に会えたことが嬉しかったからだって、…そんな自意識過剰な男になってしまってもいいかな?
俺は毎日、君のことばかり考えている。
「…?えと、あの…そんなジッと見ないでくださいよ…」
「んー?なんで?いいじゃん。減るもんでもないし」
「……」
「…元気にしてた?」
「…昨日、会ったばっかりですよ…」
「そうだけど、心配なんだよ。不良にカツアゲされてないかなーとか、走って転んで怪我でもしちゃったんじゃないかなー、とか」
「…どんだけ子供なんですか僕は」
「ぬっはっは。かわいいかわいい存在ってことだよ。んなムッとした顔しないで」
「……ぅ…///」
ゆったりとした時間を纏う、レミくんがすきだ。この時間を、笑顔をなくさせたくない。彼にはいつだって、幸せで在って欲しいと思う。
どうか彼だけは、不条理なこの世界に痛めつけられることなく在って欲しい。
「……?…タクトさん、…冷たい……中入ってください。タクトさんなら母さんも怒りませんから…」
勘の良いレミくんは、俺がもう随分長い間外にいたことに気付いたようだった。握られた手首から、レミくんの体温がじんわり、染み渡る。まるで血液みたいだ。それか点滴。
みるみるうちに元気になれそう。
「いや、今日は帰るよ。顔見たかっただけだし。ありがとね」
「…え……」
残念そうな顔、見せられるとさらってしまいたくなる。
力の抜けた手首に、今度はレミくんの両頬を包もうとした。…が、やめた。今俺の手、冷えてるんだっけ。
「?…タクトさん…?」
「…んー、触れられないのって結構ツライね」
頭一つ分低い彼の目線に合わせれば、彼はあっという間に真っ赤に染まった。どうしたらいいのかわからずに、目をきょろきょろと泳がせている。
かわいい。
かわいくて
かわいくて、
なんだかやりきれない。
「?!…えっ…と…あの…?…」
自分より低い肩に、俺は力無く頭をもたれかけた。温かい首筋にソっと唇を寄せると、息を詰めるレミくん。
…ああ。
ちゅーしたい。
だけど男同士で路ちゅーとか不審者過ぎる。レミくん家の前だし。…ここは我慢だ俺。今が大人の見せ所。
「…んー……」
「…えと……」
…ねぇ、レミくん。
これでも俺、女の子だいすきなんだよ?
経験だってそれなりにあるわけで、そこはかとなく察して欲しい。
君が欲しくてたまらない。
「…たくとさ…?…疲れてるんですか…?…」
「…んー……」
……ああ、なんてことだ。
俺にしちゃまともな恋愛をしてしまってる。
恋愛なんて所詮慰め合いなのに、そんな薄っぺらな言葉では言い表せないほどの愛情が、自分の中から溢れているのがわかる。
愛してあげたい。
おこがましい言い方だけれど
愛してあげたい。
愛したい。
君だけを一番に、
君だけに一筋になって
そんな真正直な生き方も有るんじゃないか。
自分の中のなにを犠牲にしたって、後悔しない…、そんな風にのめりこんで、そんな風に誰かのために生きる人生も、一つの幸せなんじゃないだろうか。
…思うのに。
「…充電完了。いー夢見なね、…おやすみ」
「え、ぁ…タクトさん?!…」
だめだと思う。頭の隅で。警報が鳴る。ストッパーとでも言うべきか。
なんのために生きるのか
その問いを抱える俺たちの答えが、
「誰か」のためなわけがない。
…そう思うから。
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